未来への挑戦−集客率向上で見えるものとは−
トヨタ自動車 渡辺社長がロボット事業の中核化を表明。2010年代早期の実用化を目指し、グループ企業や研究機関と組んだ開発体制にトヨタの本気度が見える。  建物に面した歩道を挟み、向かいの公園まで続く、人、人、人の長い列――。  新年が明けた年始の休日、東京・上野の国立科学博物館での光景である。入場まで約1時間、訪問客の目当ては「大ロボット博」。その主役はずばり、トヨタ自動車とホンダのパートナーロボット(人と生活するロボット)だ。  薄暗い会場に入ってすぐ左のイベントスペースには、トヨタのトランペット演奏ロボットとおしゃべりするDJロボットが並び、定時にミニコンサートが開かれる。開催時間が近づくと人で溢れ、会場内は息苦しいほどである。  別会場では、ホンダの2足歩行ロボット「アシモ」によるショーが開かれるが、80分〜2時間待ちはザラ。入場客の約7割が泣く泣く見物を諦めるというほどの大盛況ぶりだ。  じつは、この大ロボット博で「トヨタとホンダのロボットが一堂に介したのは、初めて」(主催者側の関係者)である。  その存在感や集客力で、トヨタとホンダのパートナーロボットのどちらかに軍配を上げるとしたら、現時点では圧倒的にホンダだ。特にアシモの踊る、走る、ボールを蹴る、お茶を運ぶなど、その愛らしい仕草は、見る者を魅了してやまない。  だが、あと5年もたてば、その差は縮まるどころか、逆転する可能性すらある。 大手電機の10倍 200人体制へ増強 「トヨタはこれほどまでにロボット事業に本気なのか」。電機メーカーや大学など、ロボット開発に携わる多くの研究者や技術者らは口を揃える。  2007年の12月6日、トヨタは東京・台場の自社展示施設で2体のパートナーロボット、バイオリン演奏ロボットと人を乗せて移動する移動支援ロボット「モビロ」をメディア向けに公開した。  バイオリン演奏ロボットは、右手と左手を協調させる繊細な弓と弦の動作を実現し、英国の作曲家、エドワード・エルガーの行進曲「威風堂々」をそつなく演奏。バイオリン初心者にとっては困難な音を震わせる技術、ビブラートさえもこなしてみせた。  同時に、時速6キロメートルのアシモを上回る世界最速の時速7キロメートルで走る2足歩行ロボットの映像も公開、自社の技術力をアピールした。  さらに、なによりも度肝を抜いたのは、渡辺捷昭・トヨタ社長の言葉だ。 「将来、ロボット事業をトヨタの中核事業に育てる」「2010年代のなるべく早期に、実用化を目指す」「現在、約100人の開発人員を今後2〜3年くらいまでに倍(の200人)にする」などと、ロボット事業に賭ける情熱を語った。  200人の開発スタッフ――。  これがいかに驚異的な数字であるか。かつてのソニーをはじめ、大手電機メーカーによるロボット(産業用ロボットは除く)研究開発部門の人員は十数人〜30人程度。2000年の設立時から、30種類以上のロボットを開発したベンチャー企業のテムザックでさえ、約15人。トヨタの200人は10倍以上の規模である。実際、トヨタは毎週のように人材採用の面接試験を行なっている。  人員拡大に伴い、愛知県の広瀬工場内には、ロボット開発用の新たな実験棟を建設中であり、「各方面に分散しているロボットの実験場も集約し、開発を加速する」(内山田竹志副社長)計画だ。  加えて、トヨタはデンソーなどのグループ企業だけでなく、国内外の研究機関や大学との共同研究も進める。2007年12月中旬にも理化学研究所と共同で、脳の認知機能をロボットに応用する約30人の研究チームを立ち上げたばかり。  それにしても、米ゼネラルモーターズ(GM)を抜き、世界の自動車業界の頂点に立とうとしているトヨタが、これほどまでにパートナーロボットに情熱を注ぐ理由は何か。  下図を見てもらいたい。人口減少と高齢化が進んだ日本では、約5人に1人が65歳以上の高齢者。これが20年前後には約3人に1人にまでなると予測されている。  将来的に、高齢者自身の作業や移動を直接補助したり、高齢者への介助作業を手助けするロボットの需要が急増するのは明白だ。  おまけに、ロボット開発で目指す4つの要素技術(人との協調、移動、全身運動、道具の使用)はクルマの高度化に応用できる。内山田副社長は「パートナーロボット、産業ロボット、クルマの開発とそれぞれの技術をスパイラルアップさせていきたい」と語る。  ただ、ここで読者諸賢は、ロボットに対するイメージを再考する必要がある。  トヨタでは、パートナーロボットを「安全柵から出て人と空間を共有する知的能力(賢さ)と身体の力(優しさ)を備えた、人に役立つ知能化機械」と定義する。 つまり、トヨタは人間の形をしたヒューマノイドロボットにこだわってはいないというわけだ。  バイオリン演奏ロボットなどは「技術のショーウインドー」(内山田副社長)という認識である。その点では、ホンダのアシモも同様。クルマでいえば、F1のように最先端の要素技術を開発する究極のマシンという存在だ。  実際、ホンダは介護現場を意識した製品開発にも着手している。たとえば、アシモの二足歩行技術を生かし、歩行の困難な高齢者などが杖なしでスタスタ歩けるパワーアシスト装置(ロボットスーツ)を開発中である。  トヨタでは、先述した近距離移動に用いるモビロが最も実用化に近い存在だろう。ただ、一見すれば、ただの2輪走行の車イス。全然、ロボットらしくない。  モビロは段差や障害物の多い街中や雑踏、整地されていない野外など、あらゆる路面を自律移動できるのが特徴だ。呼べば迎えに来るし、乗り捨てれば、自分で車庫に帰る。使用者に追従して買い物に付き添い、荷物を運ぶこともできる。  乗りたいときに現れ、どこにでも行ける――。その点、モビロは豊田英二最高顧問が“理想のクルマ”と表現した孫悟空の乗り物「きんと雲」に限りなく近い。  千葉工業大学未来ロボット技術研究センターの古田貴之所長は「携帯電話が普及したのは、それが生活必需となったため。どんなにすごい技術でも不必要な製品は開花しない。当面、開発の焦点となるのは1人乗り用移動支援ロボットやパワーアシスト装置などの介護分野だろう」と指摘する。  幸いにも、トヨタはグループ傘下に病院や老人ホームといった医療・介護施設のほか、多くの商業・娯楽施設も抱える。ロボットの実証試験の場にも事欠かさない。 合言葉は産業報国競合先は米IT企業か  しかし、課題は山積している。まず、パートナーロボットの普及に伴う法律や安全規格が整備されていないことだ。現在の産業ロボットの規格を人間と空間を共有するパートナーロボットに適用することは不可能。目下、自民党内ではロボットも含めた福祉機器普及に関する法案が検討されているが、いまだはっきりとしたかたちは見えない。さらに、国際的な規格の策定について、すでに各国間で綱引きが始まっている点も見過ごせない。  技術面での泣きどころもある。自動車メーカーは、ハード面や複数技術のすり合わせには優れているが、人工知能といったソフトウエアは苦手だ。  人工知能の開発に長けたマイクロソフトやグーグルなどの米国IT企業もロボット事業に本腰を入れつつある。マイクロソフトの場合、すでに日本のベンチャー企業との協業も開始。いわば脳の中枢神経に相当する肝心なソフトウエアを他社に牛耳られてしまえば、“仏つくって魂入れず”の状態になりかねない。トヨタの真の競争相手は、むしろ米国IT企業などかつて対峙したことのない“未知なる敵”となる可能性がある。  しかも、人工知能分野は米国の最先端技術であり、軍事技術にも直結する。「米国政府がなんらかの干渉を行ない、新たな摩擦が生じる懸念も高い」(与党関係者)。  2007年12月6日の会見の席上、渡辺社長は、ロボット事業について「あらためて豊田綱領という原点に立ち返った」と語った。 「上下一致、至誠業務に服し産業報国の実を挙ぐべし」との1文で知られる豊田綱領は、創業者・豊田佐吉の遺訓。その錦の御旗まで持ち出すところに、トヨタ首脳陣のロボット事業に賭ける意気込みと事業化のハードルの高さに対する認識が読み取れる。  その意のとおり、全社一丸となり、自動車事業に次ぐ産業報国を実現できるのか。2010年は目と鼻の先である。