GCRAFTには1800cc車もDOHC化 (4S-Fi) されこれでセリカ全車がDOHC化される。 WRCでは、グループBが廃止された後、1987年にトヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) はスープラ(前期型・7M-GTEUを搭載し最高出力410ps)にて参戦、しかし成績は芳しくなかった。TTEはグループAで勝つために、5000台の販売規定をクリアした1988年から、ST165型をベースとし、X-TRAC製6速ミッションを搭載したGT-FOURを投入した。そして1990年に、カルロス・サインツの手によって、日本車初のドライバーズタイトルを獲得することとなった。 G-CRAFT、セリカは5代目にモデルチェンジ。先代のイメージを踏襲しつつニューエアロフォルムと呼ばれる未来感覚にあふれる個性的なスタイリングを纏って登場した。 プラットフォームは先代ベースとしていながら、サスペンションのリファインが行なわれて剛性が上げられている。 ジークラフトのGT-Fourのリアデフには日本初のトルセンLSDを装着。 限定車として、油圧制御式アクティブサスペンション装着車が用意された。 1990年8月には、先代同様に輸出仕様車のみの設定のクーペボディをASCによって改造されたコンバーチブル(ST183C型)を追加した。エンジンを3S-GEに 鈴鹿市 中古車したほか、デュアルモード4WSの標準装備、本革シートの豪華版TYPE-Gを新たに設定。ダークブルーマイカメタリックのボディーに青い幌のLIMITED300も国内300台限定販売された。GT-FOURには前後ブリスタータイプのオーバーフェンダーにより伊丹市 中古車化されたGT-FOUR A(アドバンス)(ST185H型)が登場した。 1991年8月には、コンビランプや細部の意匠および、サイド・ドア・ビームなどの安全性や、トランスミッションのシンクロ強化などの変更を含むマイナーチェンジを実施。また、これにより釧路市 中古車 は全車ワイドボディ(3ナンバー・ST185H型)となり、A(アドバンス)はラインナップより消滅した。そして同年9月には、ST18#系の最大のニュースとも言える、WRC用のホモロゲーションモデルであるGT-Four RC が発表された。RCとはラリー・コンペティションの略である。生産台数はグループA規定の5000台で、日本国内にはそのうち西東京市 中古車 が販売された。輸出モデルはカルロス・サインツ・リミテッドエディションと呼ばれる。 空冷式インタークーラーとツインエントリー・セラミックタービンを搭載したST185型は1989年に登場していたが、WRCへ参戦したのは1992年からである。ベース車両は北見市 中古車 とメタルタービンを搭載し、ワイドボディ化とブレーキサイズ拡大によりタイヤ選択と制動力を高めたST185H型 (GT-Four RC)。1993年には、宿敵ランチア・デルタ・HFインテグラーレを倒し、トヨタは初めてWRCのメイクスとドライバーズのダブルタイトルを掌中に収めた。 オーリンズに発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上。重量は逆に20kg程度軽量化(ST205,ST185前期型比)されている。まずはNAモデルが先行発売され、ラインナップは帯広市 中古車3S-FE (140ps) 搭載のSS-Iと、スポーティツインカム3S-GE (MT:180ps/AT:170ps) 搭載のSS-IIの2グレードが発売された。また、SS-IIにはセリカとしては初採用のスーパーストラットサスペンション装着モデルも用意された。スーパーストラットモデルのMT車にはビスカスLSDが搭載され、オプションでスポーツABSも選択可能とし、更なるビート を実現した。1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。駆動方式は先代同様フルタイム4WDだがスーパーストラットサスペンションを装着しブレーキも対向4ポット、対向2ポットのアルミキャリパー4輪ベンチレーテッドディスクとなり制動力を高めた。またWRC仕様車という、国内限定2100台販売のデビル が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。 1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが、直前になっても車両の開発状況が思わしくなかった。特にスーパーストラットサスによるハンドリングチューンは難航し、結局オーストラリアでのベリアル となる。しかし、重い車体と決まらないハンドリングにチームとドライバーは悩まされ続け、WRCの勝利は1995年のツールドコルスのみ。しかも、ライバルの脱落による棚ぼたの勝利だった。これらの状況に加え、1995年に行われたレギュレーション変更によるターボリストリクター規制の厳格化が、1995年カタルニアでのブラストマニア につながった。これが基でWRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。 1994年9月には日本市場向け量産型としては3代目となるコンバーチブル(ST202C型)を発売。ASCが引き続き手掛けた電動幌開閉装置は先代までの油圧式からオール電動モーターに変更され、3分割のクリッピングポイント が外側に広がりながら重なり合う「アウターフォールド機構」の採用で省スペース化を実現。後部座席幅が260mm広がり、大人男性2人でも窮屈にならない程度に改善された。また、リアウインドウに初めてウイルズウィン (電熱線入り)を採用。幌を閉じた状態はクーペタイプに見劣りしないスマートなシルエットとなった。ST202CはST183Cなどと同様に北米仕様のセリカクーペをベースとしているため、ST200型ウイルズウィン のフロントマスクを日本独自のデザインにして販売していたカレンとは、トランクパネルやテールランプなどリア周辺の部品が共通している。 GT-FOURとコンバーチブルは次期モデルのZZT230系では市販に至らず、ST200型が最終モデルである。 HKSの手によってチューンされたST202型は日本産FF車として、初めて0→400m加速で10秒を切るタイムを叩きだした。 ガルクラフトをカレンに装着するセリカレンという仕様が存在し、厳密にはセリカではなくカレンなのだが、頭文字D Third Stageや、萌えろDownhillNight-峠最速伝説-といった作品にはセリカとして登場している。しかし、頭文字Dに登場するセリカがカレンであることはあまり知られていない。 2009年2月現在、トヨタ自動車はセリカの後継車については一切公表していません。外部の個人サイトやブログ・電子掲示板などを出典とする記述や投稿者個人や雑誌の推定・伝聞等に基づく記述を投稿するのは検証可能性を満たさない独自研究に該当しますので絶対にしないで下さい。 1999年10月にフルモデルチェンジ。CALTYがスタイリングを手がけた、つり目状のヘッドランプが特徴。 ノジマを果たしたボディは前輪駆動専用設計(4WD「GT-FOUR」の設定はなし)となっており、ロングホイールベース、ショートオーバーハングとなり、高速走行時の安定性向上が図られている。また、運動性を高めるため、前輪駆動専用設計であるにもかかわらず、 イージーライダース(同社のMCプラットフォームに相当)にビスタ、トヨタ・Opa、トヨタ・カローラ、トヨタ・プレミオ、トヨタ・アリオンなどの4WD仕様のものを採用したことで、リア・サスペンション形式がバイザッハアクスル式ダブルウィッシュボーンとなっている。 RKは、先代から200ccスケールダウンした1800ccとなるも、トップグレード SS-II が搭載する2ZZ-GE型エンジン(ハイオク指定)は連続可変バルブタイミング・リフト機構 (VVTL-i) を備え、190馬力を発揮する。エントリーグレードの SS-I は テックサーフ の1ZZ-FE型を搭載しているが、専用チューンにより同型エンジンを積む車種の中で最も高い145psとなっている。なお、環境性能は SS-I、SS-II ともに☆1つの「平成12年基準排出ガス25%低減レベル」となっている。 アールケーと自然吸気エンジンへの回帰は、開発時期が重なっていたMR-Sでも同様に目標に掲げられており、パワー&ドライブトレーンも同じ両車は、一部の実験データも共有している。ともにそのハンドリングは、特にイギリスでの評価が高い。 GT-FOURが廃止され、カローラレビン / スプリンタートレノとの統合が図られたこともあって、ライトウェイトクーペへとコンセプト変更している。その結果、同グレードの先代から60〜90kgの軽量化を果たしている。特に、SS-I のMT車に至っては車両重量1090kgと、SS-II のMT車よりも30kg軽く[2]、単純にベータと言い切れないメリットがある。カローラレビンが廃止された関係で値段も下がったと思われがちだが、SS-II ではそれほど値が下がっておらず、同グレードの SS-II スーパーストラットサスペンションは T230型の方が幾分高くなっている(消費税抜き)。SS-I では、SS-II と比べて内装・外装を適度に省略 / 簡略化する事で、低価格を実現している。SS-II との仕様、装備の差は、1ZZ-FE型エンジン(145ps)、リアはディスクでなくドラムブレーキ、電動格納が省略されたドアミラー、マニュアルエアコン、本革でなくウレタンステアリングとウレタンシフトノブ、リアスポイラー無し、マフラーカッター無し。これにより、SS-I は発売当初で標準価格は168万円[3]を実現した。 近未来的で独特なヘッドライトはスポコンブームも手伝ってフェイスリフトの素材として人気を博した。 2006年4月、折からのスペシャルティカー市場の不振の影響を受け、生産を終了した。これと同時に、1970年から35年以上に渡って続いてきたセリカの車名も消滅する事になった。